書院眞玄は、茶・書・花をはじめ、
日本の美・精神・所作に触れる
日本文化の玄関口。
高野山を拠点に、書・茶・花のお稽古と、折節の会を開いています。

共に、問い、感じ、深めていく——
その時間と空間を、ここでは大切に。

開いた想い

日本文化や道、と聞いて、どんな場面を思い浮かべますか。
神社やお寺、茶道や歌舞伎に俳句——まずそんな言葉が浮かんだ方も多いかもしれません。少し特別な場所にある、改まったもの。

でも、ふと振り返ってみてください。
節句ごとに命を祝い、お盆に先祖へ感謝を捧げ、正月には神社で手を合わせる。祭りに心が弾み、お月見に静かに心を澄ませ、二十四節気の移ろいに、ふと季節を感じる瞬間がある。

皆さんは、すでに日本文化を生きています。

でも——その一つひとつを、ゆっくり感じる余裕が、今の毎日の中にあるでしょうか。
仕事も、家族も、やるべきことも。どれも大切だけど、あっという間に時間は過ぎていく。

物も情報も、これほど豊かな時代はなかったかもしれません。良いものが、選びきれないほどある。でもその豊かさの中で、ふと自分がどこにいるのかわからなくなる——そんな感覚を持ったことはありませんか。

だからこそ、自分の心と向き合う時間が必要なのだと思っています。
本当の自分を知り、揺るぎない軸を持って生きるために。

そのためのひとつとして、道があります。
長く受け継がれてきた教えには、時代を超えても変わらない、自分を導くための知恵が宿っています。

無心に型を重ねるほどに、自分が見えてくる。
自分が見えてくるほどに、揺れない軸ができてくる。
揺れない軸ができてくるほどに、内側から輝いて、自分の人生を喜びの中で生きていける。

私自身も歩んできた日本文化を通じて、一人でも多くの方の心に灯をともせたら——そんな想いを胸に、書院眞玄を開きました。

私個人の力は、とても小さいものです。まだまだ未熟で、間違うことも、きっとたくさんある。それでも——先人たちが時代を超えて遺してくれた本質を、今を生きる言葉で手渡していきたい。その橋渡しの、ほんの一部になれれば、それが私の願いです。

型を通じて自分を知り、自分の内側から豊かになっていく。
その歩みを、ともに重ねていけたら嬉しいです。

三つの言葉で、書院眞玄を語るなら

玄——深みへの入口

老子は、あらゆる不思議が生まれる深い入口を「衆妙之門」と呼びました。
玄関は、押し込む場所ではなく、本人が入りたいと思った時に、安心して入れる場所。
書院眞玄は、そんな自分の内側への扉を、そっと開いておく場所です。

深玄緑の庭に来た人が、自分自身の色を見つけて帰っていく——
それが、書院眞玄の願いです。

品——内から滲み出るもの

気品は纏うものではなく、型を重ねた先に自ずから滲み出るもの。
「曖曖として内に光を含む」(崔瑗『座右銘』)
外から足さなくても、すでに内側にあるものが、光を帯びていく。

継——灯を繋ぐ

師から弟子へ、人から人へ——
歴史は、脈々と受け継がれていくもの。
千二百年、消えることのない法灯が灯る、この高野山を拠点に、
書院眞玄は日本文化の灯をそっと置き、次の誰かへ渡していく場所。

この三つの言葉を通じて、書院眞玄は、暮らしと心を豊かにする日本文化との出会いを、これからも紡いでいきます。

型を通じて、自分を知る——書院眞玄の守破離

書院眞玄における守破離とは——

  • :型を忠実に身につける
  • :技術が磨かれ、所作が自然になる
  • :型が身に宿り、自分を深く知り、自分の道へ旅立つ

書院眞玄は、守から離まで、共に歩む場所。
旅立った先——個人としての飛躍も、専門の道へ進むことも——どちらも尊重し、その人の「離」を共に喜びます。

型を重ねた先に

型が、思考の余白をつくる

稽古で繰り返される「型」は、技術を超えたシステム。
繰り返すことで「考えなくてもできる」が増え、脳に余白が生まれる。
余白ができた器に、新しい発想・感性・創造性が入ってくる。

所作が、品格になる

意図して纏うのではなく、型を積み重ねた先に自然と滲み出てくるもの——それが品格。
社会の中で、立ち居振る舞いだけで信頼が生まれる人がいる。
それは、長く型と向き合ってきた人にだけ宿る静けさです。

問いが、自分の根になる

答えを与えない。問いを一緒に育てる場所。
自己理解が深まると、他人の価値観に揺さぶられにくくなる。
弘法大師空海が拠り所とした『大日経』に「如実知自心(ありのままに、自分の心を知る)」とあるように、
それは、自分自身をまっすぐ見つめる力でもあります。
観察力・洞察力・俯瞰する力が、稽古を通じて自然と育っていきます。

この場に来る方へ——心得 六精神

書院眞玄には、六つの精神があります。

  • 一、静謐の精神——日常を手放して、ここに来ること
  • 二、清浄の精神——手を洗い、心も清めてから入室すること
  • 三、観察の精神——見て、観て、深く知り、丁寧に扱うこと
  • 四、一貫の精神——片付けまでがお稽古であること
  • 五、礼縁の精神——御縁を大切に、言霊を守ること
  • 六、感謝報恩の精神——ありがとう・おかげさまを、惜しまず伝えること

主宰について

主宰 行武伶眞について →